ウクライナ侵攻で気付かされた核抑止力の現実

Written by ちゅ~ん

 核抑止力の効力は十分に理解した上で、人道的観点および運用コストなどを考慮してその必用性についてはいささか疑問を持っていたが、現在進行しているウクライナ侵攻を目の当たりにして目から鱗が落ちた。争いによって人の命が奪われることは決してあってはならない。侵略される側の市民や兵士はもちろんながら、侵略する側の兵士もだ。

 もしウクライナにロシア側を攻撃できる核弾道ミサイルが配備されていたとしたら、今回のようなロシアによる大規模なウクライナ侵攻はできなかったであろう。そしてこのような侵攻がなければ、2月末から現在に至るまでの何千人におよぶウクライナ市民や兵士の命はおろか、ロシア兵士の命でさえ救われたことになる。また何百万人の難民や何千万人にも及ぶ被災者を出すことも無かったであろう。

 これまでは核兵器を保有することは歴史的や人道的な観点、トータルメリットやデメリットを考えると積極的な考えではなかったが、視点を変えると思考を停止することは過ちであったと言わざるを得ない。最も重要な事は核兵器を持つ・持たないでなく、「争いによる犠牲者を出さない事」ではないだろうか。核兵器に反対するが通常兵器であればいいという問題ではない。武力による争いが発生しないための手法であれば、より多くの議論が必要ではないだろうか。

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